Special Interview with

Yuka Inanuma

hum

ジュエリーブランド〈hum〉のデザイナーを務める稲沼由香さんは、小中高と新体操一色の生活を送り、特に高校時代は寮に入ってオリンピックを目指すほど熱中していた。だが高校卒業後、稲沼さんは怪我が原因で新体操を断念。心にポカッと穴があいたような感覚で、何も手につかなかった。その様子を見るに見かねた母親から、「知り合いが彫金をやっていて、近くに教室があるから入ってみたら?」と勧められたことが、今の業界に足を踏み入れたきっかけだ。

その後、すっかりジュエリーの世界に魅せられた稲沼さんは彫金の専門学校へ入学。在学中は、身につけたら邪魔になりそうなくらいに大きな指輪や、人間の“鼻”をモチーフにしたネックレスをつくっていた。

「当時、アート表現としてジュエリーをつくる“作家”は周りにもたくさんいたんですが、自分は実際にそれをつけて生活している姿が想像できるジュエリーをつくりたかった。最初からちゃんと仕事にしたいなって。ただ、自分はコンセプチャルで面白いものが好きだったから、それとお客さんのニーズをうまく繋げたいと考えていました」

稲沼さんは学生時代から〈hum〉という屋号のもとで制作活動を行なっていたが、最初からデザインのカテゴリを決めていたわけではなく、むしろ「これはしたくない」の積み重ねによって現在のブランディングが築かれたという。

「例えば、多くのブランドは引き輪(2つのリングを噛み合わせる留め金具)の既製品を使っていたんですが、私にはそれがどうも美しく見えず自分たちでつくることにしました。また、使う素材とその組み合わせにもこだわりたかった。特に〈hum〉でよく使用しているグリーンゴールドは、当時まだ使用しているブランドが珍しくて。これは赤みが薄いかわりに黄色みが強く、日本人の肌にすごく合うんですよ」

今回のLAND OF TOMORROWとの別注については、「humの定番の形を使用し、ホワイトゴールドにはブラウンダイヤを、イエローゴールドにブラックコーティングしたものにはグレーダイヤを留める、特別な色味を表現しました。実は定番のモデルで別注をつくるのはこれが初めて。このリングは使っていくと自然な傷が艶になっていくんですよ。LAND OF TOMORROWは間違いなくラグジュアリーな空間なんだけど、スタッフの方々はみなさんアットホームでそのギャップが心地良い。非日常と日常のバランスがすごくうまくとれていると思います」

非日常と日常のバランス。それは稲沼さんがブランドを運営していく中でずっと大事にしていることでもある。彼女が学生だった頃、ジュエリーといえば宝飾品のイメージが強く、いわゆるファッションとは距離があった。つまり“毎日つけられる本物”がなかったのだ。そのために〈hum〉では、デザインとクラフトのちょうど中間を意識するようにしている。将来は、特定の相手にむけてジュエリーをつくっていくのが理想だという。

「実は今、一点ものをコレクションとして発表しています。ジュエリーの歴史を振り返ってみると、それが本来の姿なんですよね。(職人が作業している部屋のガラス窓をさして)これを見てください。私たちは『Working Class Movement』をテーマとして掲げていて、humはあくまで職人が軸にあるブランドだということを発信しています。例えば、ヨーロッパでは職人というと国家的な仕事になるので、簡単にいうと地位が高い。だからそのイメージを日本にも根付かせるために、うちの職人たちもブルーシャツ・ネクタイ・ベストという格好で作業していて、お客さんから作業の様子が見えるようになっているんです」

そういえば、稲沼さんが憧れの対象として挙げることの多いフランス屈指のジュエラー・JARでは、年間でつくるジュエリーの数と顧客リストがあらかじめ決まっているという。そんなラグジュアリーな体験が日常に降りてくる瞬間、〈hum〉はまさにそれを実現させようとしている